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二十一世紀の九州アート
プロローグ 九州のアート拠点
宮本 初音
みやもと・はつね
Hatsune Miyamoto
ミュージアム・シティ・プロジェクト事務局長、オハツ企画代表
二〇一一年三月に九州新幹線(鹿児島ルート)が開通するらしい。その影響で福岡では博多駅再開発など大きなプロジェクトが計画されている。アート業界でもひさびさに「九州」というキーワードをよく聞くようになったのは、やはりその影響か。「九州派」は別格として、それ以後あまりポジティブな場面で使われてこなかった「九州」というコンセプトが、ここに来て新鮮な響きを持ってきつつある。
ということで、二〇〇八年のいま、九州各地のアートはどうなっているのか、活動拠点となる民間アートスペースを手がかりに、福岡市在住者の視点として書いてみる。
まず、地元・福岡の状況から。
福岡市内には「福岡市美術館」、「福岡県立美術館」、「福岡アジア美術館」と三つの公立美術館がある。しかし三館とも<地元><若手作家><企画展>などをおこなうことは稀であり、新人作家が初めて挑む展覧会や挑発的な企画展などはやはり民間のアートスペースが中心となる。
老舗では「アートスペース貘」が無休で個展を中心とした幅広い作家を扱う企画展をしており、安定感がある。商業施設イムズ内にある「三菱地所アルティアム」では近年公募をおこなっており、全国から優秀な作品が集う。いままで見たことがない若手が登場するスペースといえば、「IAF SHOP*」 、「art space tetra」[写真1]であろう。この二スペースは音楽や映像イベントも多く、若い世代の<たまりば>的要素も強い。毎年スタジオ利用作家を公募し匿名篤志家がサポートする「共同アトリエ3号倉庫」も、メンバー間の相互作用が面白い。
新しいところでは築五十年のアパートを再生した期間限定プロジェクトの「冷泉荘」がある。スタジオやギャラリーなどアート系だけでなく、バーやアパレルなども混在した博多商人の街らしい異業種混合プロジェクトである。同じ主宰(トラベラーズ・プロジェクト)による再生ビルプロジェクトとして、大名地区に「紺屋 2023」が二〇〇九年春から本格始動する。ここは<未来型雑居ビル>というコンセプトのもと、ギャラリー・建築・グラフィックデザイン・IT・大学研究室などのオフィス、カフェ、レジデンスルームが入居する。(筆者が運営するアートスペース「ART BASE 88」(←後出では、カタカナになっています。固有名詞ですので、原稿内では統一したほうがいいかと思います。どちらがよろしいでしょうか?)も入居。※後述)
これら福岡都市圏では、若手の動きは活発であるが、ほぼ全部が少数個人の善意で運営されており、活動自体は赤字であることが多い。また、優秀な作家がいたとしても、それをコンスタントに全国あるいは海外へつなぐ仕組みがない。福岡内でそれなりのアートコミュニティやメディアがあるために経済的になりたっていなくても活動を続けられる利点と欠点がある。このためどことなく活動がこじんまりして見える。観客やマーケットの問題、公的機関のサポートが薄いこと(事業以外へのサポートはほぼ見あたらない)のほか、適切な批評システムがない、芸術系大学がないことも要因としてあげられる。
福岡近郊では太宰府界隈が注目エリアである。観光名所である太宰府天満宮と同宮に隣接する「九州国立博物館」は国内外観光客を中心に圧倒的な集客力をもっているが、注目すべきは「太宰府天満宮」が独自の現代アートプログラムを運営していることである。天満宮敷地内の宝物殿等を会場に、現代美術企画展やアーティストインレジデンスをおこなっている。また、太宰府市民有志による非営利組織「CAT(Community Activate Team)」という<次世代型地域活性化団体>との連携により、太宰府の特色をいかしたワークショップやアートイベントが企画されている。
福岡市の西、二丈町にある「Studio Kura」では年に一度欧州等からアーティストを招いてレジデンスをおこなっており、将来的には国際交流活動が計画されている。
北九州エリアでは、小倉の「Gallery SOAP」が企画力、たまりば機能などで群を抜いている。八幡の「旧百三十銀行ギャラリー」も現代美術の企画が多い。同ギャラリーの運営をしているNPO「AIK」(アート・インスチチュート北九州 / Art Institute Kitakyushu)は、二〇〇七年に「北九州国際ビエンナーレ」を開催した。NPO「創を考える会・北九州」は、小倉等街中でのアートプロジェクト『街じゅうアートin北九州』を二〇〇七年より毎年実施している。八幡を拠点とし、国内外から有名作家を講師に招聘する「CCA北九州(現代美術センター・北九州 /CENTER FOR CONTEMPORARY ART KITAKYUSHU)」でも街に開かれたプログラムが増えてきた。北九州市立美術館の学芸員不在問題で揺れる地域ではあるが、発信者のモチベーションは高い。
最近は筑豊エリアの田川市でも複数の新スペースが動いている。JR伊田駅近くの現代美術ギャラリー「to.ko.po.la」や、米蔵を改装した「コメグラ」などが福岡や北九州の作家と連動しながら独自企画展をおこなっている。
筑後エリアでは、朝倉市の廃校を使ったアートセンター「共星の里・黒川INN美術館」が二〇〇八年より「黒川INNビエンナーレ」を始動させ、福岡の実力派作家が多数参加した。また、久留米郊外にある、酒蔵を再生した「アートスペース千代福」はスタジオ兼ギャラリーであり日韓交流にも熱心である。
隣県・佐賀では佐賀大学文化教育学部の美術工芸課程が元気のよいアーティストを輩出し、福岡との連携も強い。
二〇〇七年にオープンした吉野ヶ里町の「AMP」(Art is Magnanimous Plant/アートは寛大な植物である)[写真2]は茶葉倉庫を改装したスペースで、スタジオ・ギャラリー・カフェ機能を持つ。造形芸術にこだわらないイベント実施で若手作家が集まる場となっている。
近年、九州内で最も目立つのは大分の動きである。
特に二〇〇五年から活動している、別府市のNPO「BEPPU PROJECT」[写真3]の存在は重要である。『アサヒアートフェスティバル』や『全国アートNPOフォーラム』等に参加し、全国的な連携を強めるいっぽう、地元の観光産業や大学などと協働して、街の中をつかったアートイベントを多数開催している。こうやって芸術拠点を増やし、街全体をアートプロジェクト化していく計画を持つ。アーティスト主導プロジェクトながら、自治体や経済団体との連携も強くなっていて頼もしい。来春には大規模なプロジェクト、『別府現代芸術フェスティバル2009 混浴温泉世界』を予定している。
その別府から車で約一時間の由布院は、観光客目当ての<ミュージアム>が多くあるなか、「由布院駅アートホール」がギャラリー機能だけでなくインフォメーション拠点として毎月アートマップを発行するなど、着実な活動を続けている。「gallery blue ballen」、「gallery sow」は福岡や大分などの作家による展覧会を多数おこなうが、最近『現代美術サポートプログラム』を始動させた。地域や企業とアートが連携する新しい仕組みに取り組んでいる。
従来比較的保守的と思われていた鹿児島では、二〇〇七年の『SA・KURA・JIMAプロジェクト』を契機に新しい状況が発生している。九州外から移住した作家(浦田琴恵)がキーパーソンとなった同プロジェクトは、首都圏から若い作家を呼び寄せ、地元の作家や市民と交流し、プロジェクト終了後も新しい企画が相次いでいる。
長崎県の波佐見でも同じような現象が起きている。やきもののまち・波佐見町にある「モンネポルト」[写真4]は、陶芸の作業場跡をリノベーションしたアートスペースで、同一敷地内に高感度カフェや雑貨店があり、一種のオシャレゾーンになっており、休日には(いったいどこから、というほど)多くの若者や家族連れで賑わう。波佐見焼が東京や京都のセレクトショップで取り扱われることも影響していると思われるが、ここでもアートスペースのキーパーソンは九州外出身の作家(スズキジュンコ)である。こういう「ヨソモノ」「ワカモノ」が地域に新しい文化芸術体験と独自の人間関係を持ち込み、その地域の特徴をいかしつつ、地元にはない視点でのアートプロジェクトが企画されている。
熊本と宮崎は他県に比べると若い世代の活動がわかりづらい。桜島や波佐見の例を考えれば、居ないわけではなく、キーパーソンや拠点の情報が福岡へ伝わるきっかけがないということだろう。
熊本は繁華街の商業施設内に「熊本市現代美術館」を持ち、地元若手作家がたくさん輩出されるかと思っていたが、思ったよりも動きが見えない。公立美術館が民間の動きをフォローすることが大切だと思わせられる。この点は最近変わりつつあるようにも思うが、九州新幹線の開通が、より空洞化を生むのではないかとの懸念もあるらしい。
宮崎には、宮崎市や都城市に美術館があるほか、民間で「現代っ子センター」という一九七四年から子どもの美術教育に取り組んでいる組織(主宰・藤野忠利)があるが、地元若手作家の動きはなかなか見えてこない。
これら各県の情報は、二〇〇七年秋に福岡県立美術館でおこなった『福岡アートフェア・シミュレーションα(略称fafa)』展をきっかけに集まったものをベースにした。同展は九州全県(沖縄含む)から五十を超えるアートスペースやプロジェクトが参加し、組織の紹介や推薦作家の作品展示をおこなった。九州内にこれだけ多くの草の根的アート活動があることをお互いに知らず、驚いたのであった。
このように、いわゆる「地方」で、産業遺構をベースに若手作家などが活動する状況は、国内外で拡がっている。果たしてここに「九州」という言葉でまとめられるようなシーンが成立するだろうか?
九州のなかで(現在)中心となっている(はずの)「福岡」では、アートジャンルのキーパーソンが地元以外で活動するという人材の空洞化が進行しており、大きなプロジェクトが行われにくくなってきている現状がある。
そういう疑問と危機感から、福岡は九州やアジアの情報集積拠点としての役割を持つべきではないかと思い始めた。これが、「西天神芸術センター」(仮称)を思い立った動機のひとつである。筆者は、先述した「紺屋2023」[写真5]内の一室である「アート・ベース88」を拠点に、二〇〇九年より<アートプロジェクト>としてのアートセンター運営を計画している。
情報収集発信、プロジェクトの実施、など、いわゆるアートセンターの役割はいろいろ想定できるが、最も重要なのはアーティストが「次にやってみたい活動」をサポートするという視点だと思う。制作場所、資金サポート、発表場所、素材や技法の助言、滞在や留学など、現場に即したサポートを導入し、「こういうことがやってみたかった」と作家がのびのびと制作できる環境を作れないか。そして「こんなん見たことない」というような表現が出てこないか。そういったきっかけになる、アートセンターをつくりたい。
九州各地の動向は、意外に福岡のアート業界でも知られていないが、最初に述べたように「九州」というキーワードへの関心は高まっている。作家にとっても身近で新鮮な刺激は有効だろう。小さく見えてもひとつひとつの試行錯誤が、大きな流れになってゆく、そういう期待を持って各地の状況を見てゆこうと思う。
二〇〇八年九月三日
*写真キャプション
1「art space tetra」 入り口 2005年
2「AMP」外観 2007年
3「BEPPU PROJECT」platform1 2008年
4「モンネポルト」外観 2008年
5「紺屋2023」入り口 2008年
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