2011年1月28日金曜日

「あいちトリエンナーレ」感想原稿 2010.9.24

「あいちトリエンナーレ」感想原稿 宮本初音 2010.9.24

 八月下旬に「あいちトリエンナーレ2010」を見て来た。開幕して一週間という時期に、たまたま名古屋に行く用事があり、予習せず会場に向かうことになった。名古屋の中心、栄に着くと、街には濃いピンク色の矢印ロゴがあふれていた。
 国際美術展(現代美術)の主会場は四つ。愛知芸術文化センター(愛知県立美術館)、名古屋市美術館、長者町会場、納屋橋会場である。これらを観てまわるチケットは当日一般一八〇〇円。
 おすすめは、美術館からスタートするルートである。最新情報が得られ、落ち着いて回れるというだけでなく、展示内容が二館とも本当に見ごたえがある。著名な作家やいわゆるイキがいい作家が選ばれ、本展向きの新作が発表されている。映像作品が多いのはどこでも最近よくある傾向で少々疲れるが、インスタレーションでも目を引く仕掛けが盛り込まれている。子ども向けの会場も作ってあり、つまり玄人からアート初心者まで楽しめるクオリティの高さがある。こういった「核になる会場」があると期待が高まる。
 二美術館からやや離れた納屋橋会場は、映像系の作品を公開。もとはボーリング場だということだが、全然わからないくらい「アート」な場所になっている。移動には公式のベロタクシーを利用した。入場券があれば無料なのでお得感が味わえる。
 最先端アートをたっぷり見て満足度は高いが、この三会場はいわばアートの為の場所。トリエンナーレと言うならば、キモは街とのやりとりだ。トリエンナーレは、いつのまにか「街を会場にし、街の特徴をいかし、市民と交流する大型国際展覧会」という意味を持つようになってしまったのだから。
 その回答が長者町会場に託される。日本の富国強兵を支えた愛知と岐阜の繊維産業、その繊維問屋街としての長者町。デザインと国富が密接であるという、この街の歴史を感じる。
 長者町での作品は、確かにそういった街の成り立ちを意識したものになっていて興味深い。普段観光客が来ることがない問屋街に地図を片手に多くの人が歩き回っている。アートカフェがあり、アートデザインの車が走り、公募で選考された若手作家の展示がある。美術館より開放的なムードで祭りを盛り上げている。
 しかし、美術館ではそれなりに決まっていた展示や運営は、長者町では明らかに苦戦していた。作品表示が見つけづらい。解消させるためにサポーターを交差点に配置したり、チラシを制作したり工夫しているが案内過剰で、かえってどれを見たらよいか分からない。会期後半には、良い案内が出来ていることを期待したい。
 こうして主要会場は半日と半日程度でひととおり見終わる。質量としても多すぎない。「あいちトリエンナーレ2010」では一九九〇年代以降、各地でおこなわれたアートイベントの「いいとこどり」したそつのなさを随所に感じた。テーマ「都市の祝祭 Arts and Cities」という言葉はシンプルで嫌みがない。告知関係のデザインは、ピンクの矢印模様と草間彌生ドットで統一され目を引く。ビッグネームで印象づけ、地元とか若手へは長者町界隈でフォローする。予算をそれなりに注ぎ込んだ気配も好感がもてる。おかねなくても頑張りました、気持ちをくみ取ってください!という言い訳を感じず、観客は余計な気を遣わずに巡れるというもの。夜間限定の展示や、パフォーマンス公演もビビッドなラインナップで、日帰りでなく宿泊させる手としても有効。
 いわばこれは「アートの百貨店」だ。お望みのアートが安心品質で揃っていて、あれこれ選んで楽しめる。どこかで観たような作品も、あいちバージョンとして完成度をあげて出品されている。だけど、実は「ここでしかないもの」「初めて挑戦したもの」ってどれだけあるのだろう、そこに若干物足りなさが残った。
 三年後はどうなっているだろう。他の観光資源との連携?さらなる企画の大型化? ふと、ここが有力なアートマーケットの街であることを思い出す。創造的な都市政策とかアートによる地域再発見というお題目がなくとも、三年ごとに話題のアートを見せ、マーケットに繋げるというスタイルは、美術館がメイン会場となり大企業と行政がしっかり支えてれば成り立つのではないか。日本にひとつくらいそういうイベントがあってもいいのかもしれない。

※掲載に当たって変更あり

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